未邦訳反出生主義本探求其壱 The Nihilist: A Novel by Keijo Kangur
エストニア出身の著者によるデビュー作。著者の経歴はこちら参照。また、冒頭部が作者自身により公開されています。
The Nihilist: A Novel. First three chapters | by Keijo K. | Dangerous Stories | Medium
ただし、経歴のページ下部にある質問コーナーは実質ネタバレなのでやっぱり読後にチェックするのがよいかと。
近頃小説は滅多と読んでいなかったのですが、何気なくamazonでantinatalismと検索してみるとこの小説が最初のほうに上がってきたので、kindle unlimitedで追加料金無しで読めるということもあり、手を出してみたという次第です。現在出ているのがこの英語版、エストニア語版、スペイン語版の三つらしいですが著者の英語は癖がなくて読み易く、さほど時間をかけずに読み切れました。しかし若い人がこの作品のニヒリズムが持つある種の猛毒をどう受け取るのか未知数なので本作を勧めるのは若干不安ではあります。。。
まあそれはともかく、タイトルからも察せるように、著者本人とその人生を投影した主人公、そしてシナリオ全体は思い切りニヒルでペシミスティックであり、大部分主人公が酒やタバコに耽溺しつつ、この世が如何に無意味なモノか、意味をひねり出そうとすることがアホらしいか口汚く、エログロも交えて悪態をつき続けるという内容になっています。また、デビュー作で且つ半自伝であるという性格も手伝って著者に影響を与えたのであろう映画・音楽・哲学・文学のテイストが闇鍋的にちりばめられており、『ここはベネターやTrue Detectiveだな』とか『芥川やZapffeはこんなことを考えていたのか』など、反出生主義周辺のダークな思想をサクッとおさらいするにもうってつけになっております。また、特に、反出生主義者やペシミスト・ニヒリストにとってはうんうんと頷けるポイントが多すぎるため、却っておためごかしばかりの毒のない多くの娯楽作品よりずっと"救い"になってしまっています。例えば本書内でも
I discovered a book by the Romanian philosopher Emil Cioran called On the Heights of Despair. The book brew my mind. Although it was negative to the extremem, it seemed to say what I had suspected all along.
とあり、著者も反出生主義を提唱する哲学者の代表格であるシオランから特に濃い感銘を受けていることが伺えるのです。この点、『生まれてきたことがくるしいあなたに』の著者であり、ルーマニア思想研究者である大谷崇氏が同書のあとがきで「自分が言いたいことはすでにこの人にすべて言われてしまっていたと思った」と述懐しておられることとややダブります。やはり『最強のペシミスト』の二つ名は伊達ではなかった様です(脱線)。
そんなこんなで世のニヒリスト・ペシミストは主人公もとい著者に移入してしまって結末が気になってページを繰る手が止まらなくなる筈ですが、そこも先述した”おためごかしばかりの毒のない多くの娯楽作品”と違った安逸でない、けどある意味笑えるような締め括りとなっておりますのでご安心して刮目下さい。
本書に登場する楽曲
参考
著者Facebook
https://www.facebook.com/subversivestories