ぽんこつ地獄変

ジュマンジやグリードアイランドを超えるクソゲーとの闘争

反出生主義関連本三冊一挙紹介!

 

 

 今回は反出生主義を解説した書籍・反出生主義者に役立ちそうな書籍を三冊紹介します。

 

 トップバッターはライターの品田遊氏の小説・「正しい人類滅亡計画」です。

 

 今回紹介する本の中では一番とっつきやすく、Amazonのレビュー数も一番多いです。

 

 装丁もポップで、通常なら「何万部突破!」とか「誰誰が絶賛!」とか書かれている箇所に78億まで達したボリューミーすぎる世界人口が代わりに載っていてお茶目です。

 

 人類を滅亡させるという義務を負い、この世に突然顕現した魔王。しかし、魔王は自身の使命に納得がいかず、10名の人間を召使いに召集させ、議論させた上で結論を出すことを決意するというのが導入です。

 

 この10人の呼び名は色に因んでおり、反出生主義者は「ブラック」、悲観主義者は「ブルー」、楽観主義者は「イエロー」など、色と各人の思想が何となくリンクしている形となっています。

 

 ほぼ終始反出生主義者の“ブラック“が議論の中核となって主に道徳や宗教等を巡る議論が200頁ほどに渡って丁寧に繰り広げられる中でも、同意を取らずに野良猫に去勢手術を施すことや危険を冒してまでバイクツーリングで楽しみを得ることの是非など、

多く挟まれる日常的な挿話をちりばめて読者を置いてけぼりにしない優れた工夫があり、時にお互いの意見に触発されたり時に感情をむき出しにしたりしながら意見を通そうとする彼らと同席しているつもりでさらっと読めるでしょう。更に、各章の終わりで魔王の召使がポイントを掻い摘んでまとめてくれている超親切設計です。

 

 

 故に、内容は本格的で、反出生主義の基本は全て踏まえられているといっても過言ではありません。

 

 そして、結論を下すのが「魔王」であることを活かし切ったユニークなエンディングも見事です。

 

 似た役割を果たしてくれそうな書籍のなかには読むことすら難しいものもあるということで、それは残念なのですが、本書は哲学・法学・生命倫理学・功利主義(私もさっぱりわからない領域です)等を踏まえた更なる深掘りへ読者を誘う存在として出色と言えます。

 

 続いて二冊目の紹介に参ります。こちらもある意味「魔王」が関わっている本と言えましょう。

 

 同じくポップ路線の表紙でありながら何やら明らかに様子が違います。ちょっと不穏です。タイトルの『生まれてきたことが苦しいあなたに』からしてそうです。しかし、純粋に反出生主義にフォーカスした本ではありません。直接触れているのは中盤と終盤一部のみです。このミスリーディング疑惑は著者も本文で触れていて本心ではなかったぽいです。

 

 反出生主義者としても名高いシオラン

 

 聞いたことはあるけどよくわからない・・・・そんな一般ピープルの救世主たる一冊こそこの「生まれてきたことが苦しいあなたに」です。実際私もシオランは数冊読んだ位でどんな人物だったか一ミリも詳しくなかったのですが、ルーマニア思想史研究者大谷崇氏の分かりやすい解説で彼の生き様や思想の淵に触れることが出来ました。

 

 「正しい人類滅亡計画」に比べると少し難しい箇所もありますが、専門的な用語はほぼ使われていません。

 

著者がどのようにシオランに共感や反発を抱いたのか自身の経験も交えて語っているので馴染みやすいです。

 

 本書はまずシオランの生涯の概説から始まります。若いころから始まる言語や病との付き合い、祖国や友人との別離、職や出版の遍歴、パートナーとの生活そしてそれまで概ね売り上げも評価もいまいちだった著書群・功績が評価され始めるも遂にアルツハイマーの前に倒れた晩年までコンパクトにまとめられています。

 

 ここまで読んだだけである意味で誰よりもめんどくさくて人間臭い人だったんだなというのが解ってきて、読み進めていくにつれよりその印象は更に強まっていきました。

 

 というのに、個人的には普段は明るく話好きな人だったというのがとても意外でしたね。

 

 さて、本編一部ではより各著書からの引用をふんだんに盛り込みながら

 

 シオランの書籍で扱われてきたテーマを順に解説しています。具体的には「怠惰と疲労」「自殺」「憎悪と衰弱」「文明と衰退」「人生のむなしさ」「病気と敗北」です。

 

 なんだかこの一覧だけでそれこそめまいがしそうですね。でも何だか溜飲が下がるラインナップでもあります。

 

 「自殺」を真の解決策や不条理な世界への抵抗とは見做さないショーペンハウアーカミュと違い、「自殺」自体やそれに思いを馳せることから生じる解放や、

 

 「憎悪」を優れた活力の源と見做す一方で憎んでいる相手と自身をある種同質化させてしまうことや、

 

 「敗北」や「病気」に伴う怨恨じみた社会全体や成功者への攻撃性まで見逃さない一見シニカルで逆説的なシオラン箴言が、論理ベースの反出生主義だけでは拾いきれないヒトの嘆息やグラデーションを細やかに叙述するのに誰よりも長けていることが理解できました。

 

 成長や貢献、希望や将来といった耳障りが一見良い言葉が延々カンフル剤のようにひとりひとりを麻痺させる現代であるからこそ、密やかに燻りながらも輝く撞着や矛盾をも飲み込んだ箴言は時に読者に寄り添い、時に突き放し、考えさせるのでしょう。

 

 本編二部で解説されている社会に溶け込まず、きれずにしくじり続け、もがき続けたシオランの中途半端な「醜態」が現代の反出生主義作品の「それでも書いてしまう」という行為の礎の一つにあることもまた感じられました。

 

 シオランを研究して下さった文書にさらにペラい感想を垂れ流してしまうというシオランからすると論外なムーブに出てしまいましたが、本書のおかげで「生」という手錠がほんのわずかに緩んだ気がしました。

 

トリを飾るのは『現代思想2019年11月号、反出生主義を考える』です。

 

 日本の哲学者、文筆家、倫理学者、社会学者といった専門家たちが、反出生主義の考察、批判、発展を試みる論考、そして、ベネターやサディアス・メッツの論文の邦訳がメインコンテンツとなっています。ここでは前者に主に射程を合わせて話していきます。

 

 お固めの雑誌とあって内容はこれまで紹介した二冊と比べて当然ながら難解な部分が多いのですが、反出生主義の前提知識さえあればじっくり読めば何とか専門知識が無くても大体分かってくる気がしました。

 

 不可知論を拡充した立場に立脚することで「生」を地獄と認めつつも、ファジーに生まれること・産むこと・そして生きていくことの善悪を皆が追求し易くしている反-出生奨励主義の提唱、

 

 釈迦の生涯・仏教の成り立ち・教義を踏まえて仏教が持つ智慧や性格と反出生主義の共通項や差異を図る考察、

 

 痛みを感じるロボットに反出生主義の倫理をあてがうことの可能性をロボットの社会的存在意義そして哲学者のメッツィンガーや倫理学者のガンケルの見識を踏まえて検証する試みなどは反出生主義に関心がない人にも特に強くアピールすると感じました。

 

 他に、海外の反出生主義論壇にあまり見られない独自性の高い論考として、ハンス・ヨナスによる乳飲み子・未来・人類存続に対する責任の原理にまつわる思想から出生の価値やそれを取り巻く環境を再考する論考、そして

 

 

 反出生主義が一人一人に支持される根本的な理由をポリアンナ効果等の理論よりも生に伴う苦の実感であると適示した上で、文学やサブカルチャーから遺伝・時間の概念まで無尽に書き連ね、未来に搾取されるのではなく苦に満ちた生を創造的に、且つ相関的に生きることを進める論考がありました。

 

 しかしながら、専門知識を持ち合わせない素人が口出しするのもおかしいのは承知ですが、人種差別やジェンダーに関わる議論を反出生主義者の論客があたかも丁重に言及してこなかったかのように扱い、反出生主義者の社会問題に対する認識なんてこんなものだと決めつけ気味になってしまっている厳密さを欠いた箇所が後半の一部の論考に見受けられたのは誤解を誘発しそうで明らかに拙かったですね。

 

 こういった「混乱」も含めて反出生主義の現代的なシーンであるとも言えなくはないし編集上の理由もあったのでしょうが・・・

 

 総評として、多少難はあるものの、反出生主義を自由な視座から徹底的に捉え直す為の一つの羅針盤のような雑誌であると言えます。

 

 同じく内容に誤りが含まれているという欠点*1はあるものの、『闇の自己啓発』の第5章も反出生主義を現代思想の潮流全体からマクロな視点で探究するのに役立つでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:”Human Predicament"を参照するに、ベネターがロボットやAIとジョイントして永久に生きることを望むとは考えられません。本自体はちょっとおふざけが行きすぎつつも趣深いです